■ 馬のようで馬じゃない「キタサンショウウオ」が今、危ない
名前だけ聞けば名馬のような響きを持つ「キタサンショウウオ」。
だが、その実態は、北海道や東北地方の湿原に静かに暮らす、れっきとした両生類の希少種だ。
しかも今、その生息地がメガソーラー建設などの開発行為により脅かされている。
SNSで「馬の子どもかと思った」という投稿が話題になる一方で、実際には「絶滅危惧種」として環境省レッドリストに載るほどの存在だという認識は、驚くほど広まっていない。
名前とイメージのギャップが、知られざる自然破壊を“笑い話”にしてしまう危うさもある。
本記事では、そんなキタサンショウウオに何が起きているのか、具体的な調査データ・保護活動・制度上の課題までを、できる限り事実ベースで紐解く。
■ 名前のインパクトが強すぎた? “馬っぽさ”の誤解と笑いの構造
「キタサンショウウオ」という名には、実は競走馬「キタサンブラック」との明確な関連性はない。
それでもSNSでは、
「キタサンショウウオ、なんか強そう」
「産駒かと思ったらヌルヌルの両生類だった」
「走りそうなのに、泳いでる」
といった声が相次ぐ。
これは一種の言葉の錯覚とも言える。「キタサン(北島三郎)+◯◯」というフォーマットが競馬ファンの中でブランド化していたため、音のリズムや語感だけで“馬カテゴリ”に分類してしまうのだ。
だがそれは、深刻な環境課題の入り口にある「注意喚起の機会」をも、ネタとして消費してしまうリスクがある。
■ キタサンショウウオの正体:どこに生息し、何が問題なのか
● 分類と特徴
- 学名:Salamandrella keyserlingii
- 分布:北海道、東北地方の一部(釧路湿原や青森の湿地帯)
- 環境省カテゴリ:絶滅危惧II類(VU)
全長15cm前後で、ぬめりのある皮膚、しっかりとした尾、陸上でも活動できる呼吸構造を持つ。繁殖期になると、水辺に**卵嚢(らんのう)**を産みつけるが、この水場が開発でなくなると、種そのものの存続に関わる。
■ 釧路で起きた“太陽光施設と卵の移転”の実話
2020〜2022年にかけて、釧路のメガソーラー建設予定地内で、キタサンショウウオの卵嚢が多数発見された。
その際、以下のような緊急対策がとられた。
- 開発予定地から卵を捕獲・移転
- 移転先の湿地を整備し、新たな産卵地として保全
- 産卵数の経過を4年間モニタリング
結果、当初減少していた卵嚢数が2年後には回復に向かう兆しが見えた(出典:照井滋晴ほか/保全生態学研究)
これは一つの成功例だが、これは科学的知見・地域協議・地道なフィールド作業が揃って初めて成立するものだった。
■ だが“成功例”の裏に潜む危うさ
この事例はあくまで「対策をした」場合の結果である。
一方で、環境アセスメントが十分に行われなかったケースや、「設置前に住民説明がなかった」とされる例も報告されている。
特に釧路市周辺では、住民や自然保護団体が土地トラスト運動を行い、開発予定地の買い取りに乗り出すほどの事態に。
この背景には、「条例が追いつかない」「環境調査が不十分」「開発業者が外部から来て地元理解が浅い」といった複合的な問題がある。
■ ここまでの要点まとめ
- 「キタサンショウウオ」は馬ではないが、名前の印象で誤解されがち
- 実際は絶滅危惧種であり、メガソーラーなどの開発で生息地が破壊されている
- 一部では保全の成功例もあるが、制度や調査の不備で被害が避けられない事例も存在
- 認知のギャップが、対策を後手に回している現状がある
■ なぜ保護が遅れるのか? 開発と制度の“ズレ”
キタサンショウウオが棲むような湿原や谷間の沢は、一般的に「人が住まない場所」「開発しやすい土地」と見なされやすい。
加えて、太陽光発電は国の再生エネルギー推進政策とも連動しているため、行政としても積極的に止めづらい空気がある。
さらに、制度上の「穴」も多い。
制度の主な課題点:
- 環境アセスメントの対象外となる小規模事業が増加
- 「生息適地マップ」はあっても、法的拘束力がない
- 工事の実施タイミングが「条例施行前」だと、既成事実化されやすい
- 移転・保全活動は業者の“善意”や“地域理解”に依存
結果として、調査不足・報告の不透明性・地元住民の無力感が交錯し、「何が起きているのか見えづらいまま進行してしまう」構造となっている。
■ 土地トラストという“物理対抗策”の登場
そこで現れたのが「土地を買って守る」というアナログな手法。
釧路湿原周辺では、住民や研究者が資金を集めて土地そのものを取得し、保全地として登録・管理するという動きが実際に起きている。
これは**行政や法制度による抑止が間に合わないときの“最後の砦”**として、全国的にも注目され始めている。
ただし、資金集め・登記・管理コストなどハードルは高く、あくまで補助的な手段にすぎない。
■ キタサンショウウオに象徴される“自然の軽視”
キタサンショウウオのような“見えにくい・知られていない・静かな存在”は、開発や社会の騒音のなかで簡単に押し流される。
そしてその「名前のズレ」さえも、現実問題の印象をあいまいにしてしまうことがある。
「あれ、馬じゃないのか」
「面白い名前だね」
……で終わってしまえば、次の行動にはつながらない。
しかし、
「強そうな名前のくせに、静かに絶滅しそうになってる」というギャップこそ、
今、私たちが“見るべき現実”なのかもしれない。
■ じゃあ、何ができるのか?
個人ができることは限られているが、全くないわけではない。
むしろ「身近な事実として認識する」ことだけでも、空気は変わる。
✔ 認識のための選択肢:
- SNSなどで「キタサンショウウオ=絶滅危惧種」と明記した投稿を拡散する
- 開発計画のある地域では「事前協議があるか」「住民説明会が開かれているか」をチェック
- 自治体が出している生息適地マップなどを一度見てみる
- トラスト活動や環境保全団体への寄付・参加
- 関心を持ったら、次の人に「馬じゃないって知ってた?」と話すこと
■ 最後に:名前に引っかかったなら、それが“きっかけ”かもしれない
「キタサンショウウオは馬ではない」
──たしかにそうだ。
だが、その名前に引っかかったあなたの違和感こそが、“本当の関心”への入り口になる。
自然は静かに壊れていく。
だが、その静けさに“耳を澄ませる感性”を、誰もが少しずつ取り戻せるなら、
名前のズレも、見えない声も、未来を守る力に変わるはずだ。
🔗 参考・出典
