はじめに:声が大きくなってきた背景で
近ごろ、「日本人ファースト」という言葉をよく見聞きするようになりました。
選挙ポスターやSNS、街頭インタビューなどで、「自国民を優先してほしい」という声が上がる場面が増えています。
「なぜ日本人より外国人のほうが優遇されているように見えるのか?」
「いや、そう感じるのは誤解で、制度的には日本人のほうが支援されている」──
この議論はしばしば感情的になりがちですが、背景を丁寧に見ていくと、**「ズレているのは“制度そのもの”ではなく、“感じ方と伝え方”」**であることが見えてきます。
🧭 議論が起きる「前提」をそろえる
まず、最近のニュースや世論調査ではこんなことが起きています:
- 「日本人が優遇されていない」と感じる人が64%以上という調査結果
- 参政党などが「日本人ファースト」を前面に掲げ、地方議会でも議席を伸ばしている
- 一方、専門家やメディアの中には「制度的に見れば、日本人向けの支援は十分ある」と分析する声も多数
つまり、「制度がどうなっているか」よりも、「誰がどう感じているか」が論点になっているのです。
🔍 「日本人ファースト」支持側の気持ちと声
支持する人たちが持つ代表的な感覚には、次のようなものがあります。
| 観点 | 内容 |
|---|---|
| 💬 実感 | 自分たちの生活が苦しいのに、なぜ外国人ばかり手厚く支援されているのか? |
| 🏠 生活経験 | 保育・医療・住まいなど、手続きの早さや支援の手厚さに「差」があるように見える |
| 😟 感情 | 税金を納めてきたのに、報われていない気がする。後回しにされているような不安 |
| 🙋♂️ 要望 | 政策の優先順位を“まずは日本国民”にしてほしい、それが当然では? |
この声の背景には、物価上昇や雇用不安といった「生活の揺らぎ」があり、
“特定の国や人”を敵視したいのではなく、「安心したい」という気持ちがあるといえるでしょう。
💭 懸念派・批判派が感じていること
一方で、「日本人ファースト」という言葉に不安を覚える人もいます。
| 観点 | 内容 |
|---|---|
| ⚖ 制度理解 | 実際は、生活保護や児童手当などの多くが日本人中心に設計されている |
| 🧩 違和感 | 「ファースト」と言われると、それ以外の人は“後回し”や“対象外”にされる印象を持つ |
| 🧠 構造視点 | 社会全体を維持するためには、外国人労働者や技能者の貢献も不可欠なのでは? |
| 😟 心配 | こうした言葉が広がることで、共に暮らしている人たちを排除する雰囲気が強まらないか |
特に、実際に日本に住んでいる外国人や、その家族を持つ人たちにとっては、
「自分は“この社会の一部”と見なされていないのでは?」という感情につながることもあります。
🔁 すれ違うのは“事実”ではなく“体感”
ここで重要なのは、どちらの主張も“嘘”ではないということです。
- 制度的には、日本人への支援は手厚い。
- でも、現場では「自分の方が後回しにされている」と感じることがある。
たとえば:
- 書類の記載ミスで日本人の支援申請が却下され、隣では外国人の通訳付きで支援が通っていた
- 多言語対応のポスターはたくさんあるが、日本人向けの周知は不十分に感じた
こうした経験の積み重ねが、「差別された」とまでは思っていなくても、“納得できない何か”として残ってしまうのです。
🧪 実際に起きたこと:発言・選挙・不信感
📣 1.「言葉が軽くなっていく」ことへの不信
たとえば、参政党の神谷宗幣代表は、ある記者会見でこう発言しました。
「“日本人ファースト”はあくまで選挙のキャッチコピーです。政策の本質ではありません。」
しかし、その後の別の発言では「日本人のための政策を軸にしていく」とトーンを変え、
SNSでは「どっちが本音?」「選挙が終われば捨てられる言葉なのでは?」と疑問視する声が広がりました。
このような「言葉の揺れ」は、
支持者には“戦略的に見える”一方で、
中立層・懐疑派からは「都合のいい曖昧さ」に映ってしまいます。
📊 2. データではなく“体験”が火をつける構図
政府側が「制度的には日本人が優遇されている」と説明しても、
実際に「隣の外国人が通訳付きでスムーズに手続きしていた」といった体験があると、
人はその“ズレ”に強い違和感を持ちます。
つまり、「論理の正しさ」ではなく、
“納得できるかどうか” が信頼のカギになっている。
🏘️ 3. 社会のすき間に不安がたまっている
- 「町の掲示板に“多言語のチラシ”が増えたこと」
- 「ごみ出しルールの周知が外国語中心で、日本語の方が曖昧に感じること」
- 「小学校で“外国にルーツのある子ども”の配慮が手厚く見えるときの複雑な感情」
これらは決して“明確な差別”ではありません。
でも、人々が「もやもやする」のは、言葉にされないまま何かが進んでいるように見えるからです。
🧩 すれ違いを整理するとこう見える
| 視点 | 「日本人ファースト」支持派 | 懸念・批判派 |
|---|---|---|
| 基本の気持ち | 自分たちが軽んじられている気がする | そうした言葉が分断を広げているように感じる |
| 期待 | 政策はまず“日本人の安心”を優先してほしい | 誰かを外すような線引きは避けてほしい |
| 懸念点 | 今の制度では自分たちの声が届いていない | 言葉だけが一人歩きし、誤解や排除につながる |
そして実は、両者とも「安心したい」という願いは共通しています。
なのに、手に取る言葉が違うことで、相手を遠く感じてしまっているのです。
🧭 おだやかな対話のためにできること
- 「制度の内容」と「生活の体験」を分けて考えること
→ 制度に問題がなくても、体験にズレがあれば声は上がる。 - 「何を優先するか」の議論は、“誰を切り捨てるか”に変換しないこと
→ 優先と排除は違う。でも曖昧にすると混ざってしまう。 - 「感情」を否定せず、でも“どこにズレがあるのか”を静かに見直すこと
→ 誰かの言葉に違和感を覚えたとき、「その人が見てる現実はどこにあるのか?」を考えてみる。
🌱 最後に:この社会を“自分たちのもの”にするとは
「日本人ファースト」という言葉をどう感じるかは、人それぞれです。
でも、その奥にある「不安」「不満」「希望」を分解してみると、
実は多くの人が、“ちゃんと見てほしい”と思っているのかもしれません。
自国民優先か、共生か。
そのどちらかを選ぶ前に、
「声が届いていない人がどこにいるか」
「生活の中で感じたズレがなぜ起きているか」
そうしたことに目を向けてみる。
それが、分断を防ぎ、社会をほんの少しやわらかくする一歩かもしれません。
