ストーカーは本当に「治る」のか?
ストーカーという言葉には、「危険な人」「一線を越えた人」というイメージが強く結びついています。
しかし実際には、「やめたいのにやめられない」と苦しんでいる加害者が存在することも事実です。
たとえば次のようなケースが挙げられます。
- 拒絶されても諦められず、連絡を繰り返してしまう
- 会えなくなったことで強い不安や喪失感に襲われる
- 頭では異常だと理解していても、感情がついてこない
このように、行動の背後には“依存”に近い心理的構造がある場合も多く見られます。
では、ストーカーは本当に矯正できるのでしょうか。
この問いに対しては、今もなお明確な答えが出ていません。
一律の「治療法」は存在していません
背景が異なれば、対処法も異なります
ストーカー行動に至る背景には、さまざまな要因があります。
| タイプ | 背景心理 | 主な特徴 |
|---|---|---|
| 情念型 | 恋愛依存・拒絶の否認 | 元恋人・片思いの相手に固執しやすい |
| 妄想型 | 統合失調症・関係念慮 | 相手と“つながっている”と信じ込む |
| 支配型 | 強い所有欲や独占欲 | 相手の自由をコントロールしようとする |
| 怨恨型 | 承認欲求・復讐心 | 相手を“許せない存在”として攻撃する |
このように背景が異なる以上、矯正にも個別のアプローチが必要になります。
医療や心理支援のアプローチ
精神医学的な治療の有効性と限界
妄想型や強迫的な傾向を持つケースでは、
抗精神病薬や抗不安薬、認知行動療法(CBT)などが有効に働くこともあります。
ですが、次のような課題もあります。
- 本人が「病気だ」とは自覚していない
- 外部からの通院指導を受け入れない
- 接触を断っても、SNSや記憶を通じて“対象への再アクセス”が可能
このように、治療を継続するモチベーションそのものが崩れやすいという難しさがあります。
制度的対応も限界があります
接近禁止命令や監視体制は「距離」をつくるだけ
現在、多くの国では以下のような制度が整えられています。
- 接近禁止命令や警察による警告
- 被害者への支援(シェルター、相談窓口など)
- 加害者への保護観察、再発防止プログラム
こうした制度は、物理的な距離や被害リスクを軽減する効果があります。
しかし、加害者側の「心理的な執着」や「対象への幻想」までは断ち切れません。
見えてくる本質:「人」に依存する構造
ストーカー行為の根底には、
「あの人とのつながりがなければ、自分が壊れてしまう」
というような、対象への強烈な心理的依存があります。
これは、アルコールや薬物と同じく「嗜癖(しへき)構造」の一種と考えられます。
依存対象が「酒」ではなく「人」になっているだけで、
- 拒絶されても執着をやめられない
- 一時的に距離を取っても、また戻ってしまう
- 対象がいない状態に耐えられない
というような反応パターンは非常に似ています。
アルコール依存と似ているなら…治療も似せられるのでは?
アルコール依存症の回復において有名なのが、**AA(アルコホーリクス・アノニマス)**のような自助グループです。
参加者は匿名で、自分の体験を語り合い、回復のプロセスを共有していきます。
この方法は、孤立の中にいる依存者に“他者の鏡”を提供するという意味で、大きな効果を上げてきました。
ここで発想を転換してみると、
ストーカー加害者に対しても「語り合う場」が設計できるかもしれません。
ですが、語り合うだけでは逆効果になるリスクも
ここで浮かび上がるのが、「語りの場」が持つ逆機能的なリスクです。
特に、比較的“軽度”のストーカー傾向を持つ人にとっては、
- 他人の体験談によって逆に正当化してしまう
- 「自分だけじゃない」と安心してしまう
- 他人の元恋人に投影して新たな幻想が芽生える
といった悪化のきっかけになってしまうことがあります。
そのため、アルコール依存のように「同じ依存者同士を集めればよい」という単純な話にはなりません。
では、「演じられた依存対象」がいればどうでしょうか?
ここで登場するのが、今後の展開で扱うキーワード——
**“レンタル依存対象”**という発想です。
それは、次のような存在です。
- 本物の対象(恋人や推し)ではない
- けれども、依存している相手に“似た存在”を演じてくれる人
- 安全な空間の中で、その相手との“関係の限界”を経験できる
このような「演技された疑似関係」があれば、
依存をただ拒絶するのではなく、“完了させる”プロセスに移行できるかもしれません。
「レンタル依存対象者」という発想が生まれる背景
前半で見てきたように、ストーカー行動の根底には人への強い感情依存があります。
この依存は、拒絶や制裁だけで断ち切れるものではなく、むしろ「関係が未完のまま終わった」という感覚が、執着を再燃させてしまうことがあります。
そのような中で注目されるのが、
依存対象を模倣した“擬似的な相手”を演じる存在を用意する
というアイデアです。
これが、いわば「レンタル依存対象者」という支援モデルの出発点となります。
本物の代わりに「演じる」ことの意味
このモデルでは、依存対象となっている“本物の相手”に代わって、第三者が演技としてその役割を引き受けることになります。
たとえば以下のようなケースが想定されます。
- 恋人役、上司役、SNS上の推し役などを設定し、依存構造の再現に協力する
- 依存的な発言や接触要求に対し、**安全な応答と“限界の体験”**を提供する
- 「もうこれ以上は進めない」「これ以上は返ってこない」という**“関係の完了”を演出する**
つまり、拒絶や放置ではなく、“構造的な終わり方”を体験させることを目的とした支援です。
なぜ人間が“演じる”必要があるのか
このような疑似体験は、AIや動画では代替しにくい部分があります。
- AIでは「本物に向けた感情転移」が起きづらい
- しかし本物の相手では、再度の被害リスクが非常に高くなる
- その中間に位置する「感情を受け取れるが、制御された他者」が求められます
こうした第三者が、「依存対象のように見えつつも、限界を示す存在」として機能すれば、
依存の“出口”を安全に設計することができると考えられます。
ただし、実施にはリスクと設計が必要です
このようなモデルが成立するためには、非常に精密な前提設計と安全対策が欠かせません。
| リスク | 対応策 |
|---|---|
| 感情が逆に深まる(転移) | 事前の適性評価と段階的な距離設計 |
| 拒絶に逆上する可能性 | 明確なルールと脱出ラインの設計 |
| 演者の精神的負荷 | 感情労働の研修と心理的ケア体制 |
| 共依存の再発 | 個別支援と自律支援を並行実施する設計 |
これらは、DV加害者更生プログラムや精神科の入院支援でも共通する課題であり、
“人間の感情を扱う”という意味では、演技と福祉のあいだの高度な融合が求められます。
実際に近い事例も存在しています
このような支援モデルに近い取り組みとして、以下のような例が挙げられます。
心理劇(サイコドラマ)
- 加害者・家族・恋人などの役を演じることで、過去の感情の構造を再体験する
- 自分の立場だけでなく、「相手にどう映っていたか」も実感しやすくなります
レンタル彼女・レンタルおじさん(現行サービス)
- 孤独感や対人不安を軽減するために、一時的な関係性を“体験”する民間サービス
- ただし治療効果を持たせるには、明確な心理的枠組みが必要です
AIカウンセラー(例:Woebotなど)
- 感情処理や思考整理をAIチャット形式で支援するツール
- ただし感情の“限界体験”や“共依存構造”には未対応の面もあります
「やめる」ではなく「終わらせる」ための支援
ストーカー的な行動を止めるには、「我慢しろ」「近づくな」といった抑圧型の対策が多く取られてきました。
しかし、根本的な改善には、
「関係が終わった」と心の内側で実感できるプロセス
が必要だと考えられます。
そのためには、ただ拒絶するのではなく、
“終わり方を演じてくれる存在”を用意するという構造的設計が有効かもしれません。
結論:ストーカー矯正の未来に“演じる支援者”という選択肢を
「レンタル依存対象者」という職業モデルは、今のところ現実には存在していません。
ですが、ストーカー行動の根本には**“対象がいないと壊れてしまう”という構造がある以上、
それを安全に、かつ制御されたかたちで再現し、乗り越える支援**が必要とされているのではないでしょうか。
依存は、ただ止めさせるだけでは再発します。
終わらせるための演出と支援の設計こそが、これからの更生支援において大きな鍵となるかもしれません。
