「ポケカ投資」が嫌われる理由とは?|文化と感情がぶつかる瞬間にあるもの

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日常に現れる「嫌われる投資家」

ポケモンカード(以下、ポケカ)の人気が再燃する中で、「ポケカ投資」という言葉も一般的になってきました。特定のカードが数十万円で取引されることも珍しくなく、SNSでは「資産として保有する」「今後の値上がりを見越して購入する」といった発言もよく見かけます。

しかし同時に、「転売ヤーは文化を壊すな」「投資家は出ていけ」「ポケカは子どもやプレイヤーのものだ」といった強い感情の投稿も多く見られます。ただの物価上昇や供給不足への不満というよりも、もっと深い“嫌悪感”のようなものがにじみ出ているのです。

こうした反発は、なぜこれほどまでに強くなるのでしょうか。そこには、単なる価格や在庫の問題を超えた、いくつかの心理的な背景が関係しています。


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「文化を守りたい」という本能的な反発

プレイヤーにとっての「聖域」が荒らされる感覚

ポケカは、ただのトレーディングカードゲームではありません。多くの人にとっては、子どもの頃の思い出や友達との対戦、集めることの楽しさなど、感情と深く結びついた「文化」そのものです。こうした内輪的な価値観の中に、投資や転売を目的とする人たちが大量に入ってくると、ある種の“侵略”のように感じられてしまいます。

東洋経済オンラインの特集では、羽生結弦展のグッズ転売を例に、「ファン心理をマーケティング的に利用する転売ヤー」の存在が問題視されていました。
これはポケカでも同様です。SNSでプレイヤーの期待や注目を観察し、「これが高騰する」と予測して大量に買い占める。そのような“戦略的な買い”は、プレイヤーにとっては自分たちの文化を荒らされているという感覚を引き起こします。

なぜ「投資家」は敵視されるのか

実際のところ、投資目的でカードを買っている人たちの中には、ポケモンというコンテンツが好きな人もいます。すべての投資家が“文化破壊者”であるわけではありません。

しかし、カードに対する“愛着”よりも“利益”を優先する言動が見えた瞬間、プレイヤー側は強く反発します。「自分たちが大切にしているものを、数字でしか見ていない」と感じるからです。

このようなズレは、ファン文化と商業主義の間でしばしば起こる摩擦です。アイドルグッズやアニメBlu-ray、ゲームの限定特典などでも見られる構造と似ています。


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「不公平」と感じたとき、人は怒る

「努力しても報われない」不満が噴き出す

次に注目したいのが、「同じ商品なのに買える人と買えない人がいる」という状況が引き起こす“不公平感”です。

ポケカの最新パックは、発売日当日にすでに売り切れていたり、開店前から長蛇の列ができていたりします。抽選販売では毎回落選。なのに、フリマアプリではその商品が定価の2〜3倍で堂々と並んでいる。この現実を目にしたとき、多くの人は「なんで?」という気持ちになります。

KAI-YOUプレミアムの記事では、「転売は市場原理に従っているだけなのに、なぜ叩かれるのか?」という問いに対し、「それはフェアじゃないと感じられるから」という視点が紹介されていました。
人間は必ずしも経済合理性だけで動いているわけではなく、“道徳的な平等感”を重視する傾向があるのです。

「お金があれば何でも手に入る」という構図への反発

特に趣味や文化の領域では、「誰でも楽しめる」という空気感が重視される傾向があります。それが「お金のある人だけが特別なカードを手に入れられる」という状態になると、プレイヤーやファンの中にある「共有したい」「一緒に楽しみたい」という気持ちが裏切られたように感じられてしまいます。

その結果、「金儲け目的で来るな」「プレイヤーを邪魔するな」といった攻撃的な言葉に繋がるのです。

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嫉妬と自己正当化が混ざり合う瞬間

「自分だってやろうと思えばできた」でも、やらなかった理由がある

投資や転売で大きな利益を得ている人を見ると、「羨ましい」という気持ちが湧くことは自然なことです。ただ、多くの場合、それがすぐに「批判」へとすり替わることがあります。

たとえば、ポケカ投資で数十万円を稼いだという報告をSNSで見たとき、自分もやろうと思えばできたのでは?という感情が一瞬よぎります。しかし、自分はやらなかった。それは「面倒そうだったから」「文化を壊したくなかったから」「道徳的に正しくないと思ったから」など、理由は人それぞれです。

このとき、無意識のうちに「やらなかった自分の選択は正しかった」と再確認したくなります。その結果として、「やった人の方が悪い」という方向に感情が傾いていくのです。

これはいわば、“自己正当化のための批判”です。正義感にも似た形で現れるため、本人は嫉妬だと自覚していないこともあります。


「自分は愛を持っている」ことへのこだわり

ポケカプレイヤーやコレクターの多くは、自分の中に「愛」があると自負しています。「昔から集めていた」「子どもの頃から好きだった」「イラストや設定が好き」など、金銭的価値を超えた“思い入れ”が存在しているのです。

そのような人にとって、「利益のために買っているだけの人」は“空っぽの存在”に映ってしまいます。そして、その“空っぽ”が儲けている状況を見ると、「報われてほしいのはこっちだ」という気持ちが湧いてきます。

ここにも、自分の選んだ道を正当化したい心理が働いています。
それ自体は悪いことではありませんが、これが強まりすぎると、「純粋なファン vs 金の亡者」という極端な構図で物事を見てしまいがちです。


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攻撃的な言葉が拡散される仕組み

感情的な言葉は広がりやすい

SNSの特性上、「ポケカ投資家を駆逐せよ」「転売ヤーはクソ」というような強い言葉は拡散されやすい傾向があります。冷静な分析よりも、感情のこもった叫びの方がリツイートされ、可視化される頻度が高くなります。

その結果、「みんな怒っている」「許されない空気がある」と感じた人がさらに声を上げる、という循環が生まれます。実際には一部の声かもしれないのに、それがコミュニティ全体の“総意”のように見えてしまうのです。

これは、ある意味では防衛反応でもあります。自分たちの文化を守りたいという気持ちが、怒りや攻撃という形を取って外に向かっていくのです。


本音で語り合うことが難しくなるリスク

このように感情的な言葉が飛び交う状況では、「本当はどう思っているのか」を冷静に語ることが難しくなります。

「ちょっと興味あるけど、転売ってやっぱり悪いのかな…」
「自分も投資してるけど、みんなに嫌われるのが怖い」

こういった微妙な立場や葛藤は、感情的な言葉が主流になると表に出にくくなってしまいます。その結果、対話ができず、分断が進んでしまうこともあるのです。


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どうすればこの議論を建設的にできるか

感情の背景を認めるところから

まず大切なのは、「怒りの背景には何があるか」を理解しようとすることです。「嫉妬してるだけ」「転売ヤーは悪」といった単純なラベルではなく、
「自分たちの居場所が壊される気がした」
「本当は楽しみたかったのに、入手できなかった」
という感情の正体に目を向けることで、少しずつ対話がしやすくなっていきます。

実際、プレイヤーと投資家のあいだに価値観の差があるのは当然のことです。それを責めるよりも、「それぞれの立場で何を大事にしているのか」を明らかにする方が、議論としては前向きになります。


言い換えと伝え方の工夫

たとえば「ポケカ投資は文化破壊だ」という表現を、「プレイヤーにとって大切な場が失われているように感じます」と言い換えるだけでも、対話の空気は柔らかくなります。

また、「転売ヤーは消えろ」という言葉も、「プレイヤーが定価で買える仕組みを守ってほしい」と表現することで、批判よりも改善提案として受け取られるようになります。


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おわりに:共感から始まる議論を

ポケカ投資をめぐる議論は、金銭やルールだけでなく、人々の感情や文化への思いが強く関わっています。そのため、単純な善悪では語れない複雑さがあります。

「好きだから怒ってしまう」
「羨ましいから嫌ってしまう」

そんな感情の動きに気づいたとき、私たちはもう少し優しく、でも確かに問いを投げかけることができるのではないでしょうか。
感情の背景を認めたうえで、どうすれば共存できるのかを考える。それこそが、文化を守るために必要な“知性”なのかもしれません。

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🔗 参考・出典

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