■ 給食に驚いたのは、日本人だけじゃない?
日本では「唐揚げが1個だけの給食」がSNSで大炎上しましたが、実は給食をめぐる混乱や感情的反発は世界中に存在しています。
給食とはただの「食事」ではありません。
それは教育政策であり、福祉政策であり、親の支援策であり、子どもの未来への“投資”なのです。
この記事では、イギリス・アメリカ・ニュージーランドなどで起きているリアルな給食事情と、そこから見えてくる社会の課題や工夫を、具体的なエピソードとともに紹介します。
■ イギリス:30ペンス値上げに「またか…」のため息
2025年9月、イングランドの多くの公立小学校で給食費がまた値上げされました。
その額は1食あたり30ペンス(約70円)前後。
背景には、食材価格の高騰・人件費の上昇・調理施設のエネルギー費増などがありますが、政府補助(£2.61)ではまったく足りないと業者側は悲鳴を上げています。
ある調査では、「栄養的に適切な給食を提供するには最低でも£3〜£3.20必要」とされており、現場の限界が見え隠れします。
しかも、ユニバーサルクレジット(低所得家庭向け制度)に該当しない“中間層”の家庭が最も苦しんでいるという声も多く、「払えないけど、もらえない」親たちが孤立していく構造が問題視されています。
■ アメリカ:1ドルの給食に“60セントの手数料”?
アメリカの給食事情では、「支払い手数料」による負担が意外な形で問題化しています。
K–12(小中高)ではオンライン決済が一般的になっており、多くの家庭はMySchoolBucksなどのサービスを使ってクレジット決済をしています。
ところが、ある家庭の例では、1ドルの減額給食に対して60セントの決済手数料が加算されていたのです。
つまり、支援を受けるべき家庭にこそ、不可解な“罰金のようなコスト”がのしかかっているのです。
SNS掲示板Redditには「信じられない」「まるで貧困に罰を与えているようだ」といった怒りの声が相次ぎ、政府も調査に乗り出す事態となりました。
■ ニュージーランド:無償化したのに“信用失墜”したワケ
2020年から始まったニュージーランドの低所得者向け無償給食制度「Ka Ora, Ka Ako」。この制度は、国民から強い支持を受けてスタートしました。
ところが、2025年に入ってから深刻な混乱が起きています。
- ハラール食対応ミス(宗教的食制限の無視)
- 菜食者向けメニューの不備
- 給食が届かない/加熱されていない
- 基準カロリーの13%〜17.8%しか満たしていないケース
ある学校では給食があまりにひどく、校長が「もうパンとリンゴだけでいい」と言い放ったという報道もあり、信頼が地に落ちています。
供給元の破産により、オーストラリアの業者が急遽参入したものの、現場は混乱し続けています。
■ 給食が、家庭の“本音”を炙り出す
家庭の経済状況や文化、支援制度の歪み──それらが表に出にくい国では、給食がその“サイン”として現れます。
アメリカでのreddit投稿者はこう語ります。
「うちの子、減額給食でも結局はパンとフルーツしか食べてこない。何に60セント払ってるのか、本気でわからなくなる」
また、イギリスの母親は次のように投稿しています。
「娘が友だちの弁当を羨ましそうに見ている。給食はまずくて高い、でも弁当を毎朝作る余裕もない。私が悪いのか?」
給食費の値上げや制度的なバグは、家庭の罪悪感や無力感を生むトリガーになることが多いのです。
■ 考察①:なぜ給食が“怒り”や“涙”を引き起こすのか
給食は、お金の問題だけではありません。
- 栄養の足りなさ
- 見た目の寂しさ
- 宗教やアレルギーへの未配慮
- 支援制度の不公平さ
- 子どもの「選ばれなさ」
これらが複雑に絡み合うことで、親たちの中に**怒りや不安、そして“後ろめたさ”**すら生まれてしまいます。
イギリスで話題になった「30ペンスの値上げ」は、額面以上に「もう限界だ」と感じていた家庭の感情をあらわにしました。
アメリカでは、電子決済手数料という“見えない罠”が、支援家庭の尊厳を削り取っていました。
ニュージーランドでは、制度そのものが「見捨てられた給食」という不信の象徴になってしまったのです。
■ 考察②:見えてくる“格差のかたち”
給食というものは、「貧困の可視化装置」でもあります。
たとえば、ニュージーランドの制度では低所得家庭の子だけが無償給食を受けるため、「給食を食べている=貧しい」と見なされるケースが実際に起きています。これは子どもにとって深い傷になりかねません。
また、アメリカのある学区では、給食費未払いの生徒がパンと牛乳しか与えられないという“ランチ・シェイミング”が社会問題になりました。
その結果、子どもたちは「静かに飢える」か「家族の経済状態を友達に知られる」かの二択を迫られます。
こうした状況は、「誰が食べて、誰が食べられないのか」という線引きを、子どもの世界にまで持ち込んでしまっているのです。
■ 考察③:それでも希望を生む給食とは
一方で、給食が社会を明るく照らす例もあります。
アメリカ・ミズーリ州のある学校では、給食にサラダバーとフルーツビュッフェを導入した結果、子どもたちの肥満率が3割近く減少し、集中力と出席率が上がったという報告がありました。
また、セントルイスの学校では「給食を食べて3か月で7ポンド痩せた」と語る教師が現れたことで、保護者の関心が高まり、家庭での食事改善にも波及したという好事例があります。
つまり、給食がもつポテンシャルは、単なる「腹を満たす」以上のものなのです。
■ まとめ:給食は“国の良心”を映す鏡かもしれない
給食をめぐる制度や事件、炎上には、それぞれの国の“良心”と“矛盾”が濃縮されています。
- イギリスでは、補助の限界と中間層の苦しみ
- アメリカでは、仕組みに潜む不平等と尊厳の問題
- ニュージーランドでは、理念と現実の乖離
そして、それを語るのは政策担当者ではなく、学校現場・親・子どもたちの声でした。
日本でも唐揚げ1個をめぐって炎上したように、給食は「国や社会の仕組み」が最も生活に近い形で見えてしまう装置なのかもしれません。
だからこそ、給食制度を見直すことは、社会全体のあり方を問い直すことでもあるのです。
