■「マンションだから安心」は、いつすり抜けられるのか?
オートロック付きのマンション。玄関は自動で閉まり、鍵がなければ入れない。
そんな「安心の象徴」のような構造が、実は“ちょっとしたきっかけ”で裏切られてしまうことがあります。
たとえば、「共連れ(ともづれ)」。
これは、誰かが入口を開けた瞬間に、後ろにいた人が一緒に入ってくる現象。
まるで“住人のふり”をして、エントランスの扉をすり抜けてしまう。
驚くことに、調査ではオートロック付きマンションの住人の4人に1人が、共連れの経験があると答えています。
しかも、明らかに不審な人でなくても、“たまたま”その場にいた誰かが、スッと後ろに入ってくることは、実際よくあるのです。
■「鍵を使わない侵入」は、もう“特別な手口”じゃない
たとえば、2025年夏に起きた神戸の事件。
マンションに住む若い女性が、見ず知らずの男に“共連れ”で侵入され、帰宅途中に命を奪われました。容疑者は、女性がオートロックを開けたその隙をついて中に入り、あとをつけて部屋に押し入ったとされます。
この事件が衝撃的だったのは、「鍵を壊したわけでも」「強引に押し入ったわけでもない」という点です。
“マンションの仕組みを使っただけ”の侵入が、重大事件につながった。
それは、防犯の「構造」そのものが問われた瞬間でした。
■構造を“信じすぎる”ことの怖さ
ここで立ち止まって考えたいのは、「共連れが悪い」以前に、「なぜ共連れが成立してしまうのか?」ということです。
実際に、多くのマンションはこうした“共連れ”を想定していません。
エントランスでの振り返り、ドアの閉まり時間、裏口や非常口の開閉状況、住人の意識…。
どれも「機械が守ってくれる」「警備会社が見てくれている」と思い込んでしまうと、見えない抜け道が生まれてしまいます。
それは、“安心”というラベルに包まれた盲点とも言えます。
■これは「詐欺」ではない。でも「安全」でもない
ここでややこしいのが、「共連れ」は必ずしも違法ではないということです。
だれかがドアを開けた。
そのタイミングで入ってきただけ。
強引に押したわけでも、騙したわけでもない。
でも、結果として誰かの暮らしに入り込んでいるのです。
それが「詐欺じゃないから問題ない」と片付けられてしまえば、今後も同じような侵入は繰り返されていきます。
■じゃあ、どうすればいい?――“過剰な警戒”ではなく、“日常にできる防犯”を
「怖い話を聞いたけど、何をすればいいかわからない」
「そんなに神経質にならなくても…?」
そう思った方もいるかもしれません。だからこそ、ここではあえて「日常で無理なくできること」を整理してみました。
🔐 1. 入るときに「後ろを振り返る」習慣を
オートロックを開けた瞬間、誰かが後ろにいないか。
そこにいる人が住人なのか、よくわからない人なのか。
一歩立ち止まって確認するだけで、入り口の防御力はグッと高まります。
🧍♂️ 2. 「誰かのために開ける」を1度見直す
もちろん、宅配業者や他の住人にドアを開けてあげるのは親切です。
でも、「この人は本当に関係者か?」と考える習慣があるだけで、不正侵入のリスクは減らせます。
「すみません、別々に入ってください」と言うのは、時に安全のための行動です。
🗝 3. 短時間の外出でも鍵をかける
ゴミ出し、ポストの確認、コンビニまで5分。
そういう時こそ、ドアを開けたままにしがちです。
でも、その「5分」の隙を突く人が、絶えずいるのも現実です。
🧓 4. 家族にも“共連れ”の話をしておく
一人暮らしの高齢者や、家族の中で防犯意識が薄い人には、
「今こういうことがあるんだよ」「これ気をつけたほうがいいかもね」と、話題として共有するだけでも、心理的な防波堤になります。
■「自分は関係ない」から、「私たちが守る」へ
不審者の手口は、だんだんと“攻撃的なもの”から“構造を利用するもの”へと変化してきています。
それは、防犯のステージが「警察の領域」から「住民の日常」へ移ってきたということでもあります。
共連れは、強盗でも侵入罪でもない。
でも、自分のすぐ後ろに誰かが立っていたとき、それを「何かおかしいかも」と感じる力は、どんなセキュリティよりも強力です。
■まとめ:「安心」は、制度じゃなくて“習慣”が育ててくれる
私たちが信じていた「オートロックの安心」は、確かに心強い味方です。
けれど、それは完璧な盾ではありません。
そこに“ちょっとした意識”と“話し合い”が加わるだけで、防げることは増えていきます。
- 「鍵を開けるとき、少し振り返る」
- 「誰かに開けるとき、相手を見る」
- 「日々のこととして話題にしておく」
それだけで、マンションの入り口は、ぐっと頼もしくなります。
そしてそれは、“制度に守られている”という受け身から、“自分たちで守っている”という主体的な安心へと変わっていくのかもしれません。
