● 何が起きたのか:「国籍を理由に差別された」と訴えた外国人女性
2025年9月、読売新聞が報じたニュースがSNSを中心に議論を呼びました。
内容はこうです:
日本を短期滞在中だったフランス国籍の外国人女性が、体調不良により救急搬送された後、医療費として通常の約3倍の請求を受けた。女性は「国籍を理由とした差別である」とし、公的機関に人権救済を申し立て、訴訟も視野に入れているという。
この一件は、「制度通りの対応」とする意見と、「構造的な差別ではないか」という懸念がぶつかり、社会の深層にある“日本の医療と外国人”の関係性を問い直す契機となりました。
● 医療費3倍の背景:「健康保険未加入」による全額自己負担
まず押さえておくべきは、日本の医療費制度の基本構造です。
日本では原則として、すべての国民が公的医療保険(国民健康保険・健康保険)に加入しており、保険証を提示すれば医療費の3割(あるいは1〜2割)負担で済む仕組みになっています。
しかし、短期滞在の外国人(例:観光ビザ、90日以内の滞在者)はこの制度に加入できません。
したがって、
- 治療費は原則100%自己負担
- 病院によっては**「自由診療」として通常より高額な費用を設定**
- 支払いが確認できるまで治療が制限されることも
この構造が、今回の“3倍請求”という事態を生んだ根本です。
実際に在日外国人向けの医療解説サイト(Pacific Prime、Coto Academy等)でも、「無保険者には全額負担で高額になる」ことがはっきりと明記されています。
● 医療現場の懸念:「未払いリスク」と「説明不足」のジレンマ
もうひとつ見落としてはならないのが、医療機関側の事情です。
近年、訪日外国人の急増により、救急搬送・外来・入院などにおいて、
- 言語対応の困難
- 海外送金トラブル
- 医療費未払い(踏み倒し)リスク
といった現場の負担が深刻化しています。
結果として、あらかじめ「保険のない外国人には自由診療で請求する」方針を定める病院も増えているのが実情です。
その一方で、急病時に「どのくらい費用がかかるか」の説明を受ける暇もなく治療が進むことがあり、後日請求を見て「想定外の高額だった」と感じる患者が出る構図ができてしまっています。
● 「国籍」と「保険加入の有無」が結びつく制度設計のグレーゾーン
今回のようなケースでは、「フランス人だから差別された」のではなく、**「保険に加入していないから高額請求された」**と制度的には説明されます。
しかし問題は、制度としては国籍ではなく「保険加入の有無」で扱いが分かれているにもかかわらず、短期滞在の外国人=保険未加入という図式が実質的に“国籍や在留資格による医療格差”を生んでしまっていることです。
この構造が、患者本人にとっては「私だけが理不尽に扱われた」という感情を生み、「差別だ」と感じさせる根源になっているのです。
● 国籍による対応の差は“制度の副作用”か“本質的な差別”か
重要なのは、「制度上の当然の結果」であっても、受け手が“差別された”と感じる場合、その事象は社会的に問題になりうるという点です。
- 医療機関側の説明不足
- 外国人患者への料金体系の不透明さ
- 保険未加入者への高額設定が「自動的に差別構造を生んでいる」可能性
制度にのっとった対応であっても、それが国籍による不利益と結びついたとき、**無自覚な“構造的差別”**として浮かび上がるのです。
● 他国との比較:外国人にも医療を提供する国と排除する国
アメリカでは、無保険者に対して医療費の過大請求が社会問題化しており、多くの州で補助制度が用意されている一方、不法滞在者や書類不備者には「治療拒否」すら行われている実態があります。
ヨーロッパの一部(ドイツ・スウェーデンなど)では、短期滞在者向けに医療費上限が設けられているケースもあり、日本のようにフルコストを自由設定で請求される構造は珍しいとされます。
● 説明されなかった不安、「選ばれなかった感」の正体
今回の女性が「差別された」と感じた最大の理由は、単に金額の問題ではありません。
おそらくそれは、「知らされなかった」こと、そして**「自分だけ違う扱いを受けた」こと**に対する深い違和感です。
実際、救急で運ばれた際にその場で治療を断られることは稀ですが、後になって請求された額が想定の何倍にもなっていた場合、それは「医療行為ではなく商取引として扱われた」と感じても不思議ではありません。
日本人でも、保険証を忘れて10割負担を請求されたとき、少なからず“理不尽さ”を感じるはずです。
それが言語も制度も知らない異国で起これば、その感情は「冷たさ」「排除感」「選ばれなかった感」として、一気に“差別”へと変換されてしまう――その心理的過程に、目を向ける必要があります。
● 日本人にとって「制度」は安心であり、時に無意識の壁にもなる
日本では「ルールを守ること」「制度に従うこと」が公正さと結びつきやすく、制度があること自体が信頼の源泉になっています。
そのため、
- 「保険に入っていないんだから高くて当然」
- 「誰でも3割負担になるには条件がある」
- 「制度通りなんだから差別じゃない」
という声があがるのは、ごく自然な反応とも言えます。
しかしここで問題なのは、制度の外側にいる人にとっては、その“当然”がまったく共有されていないという点です。
制度にアクセスできない人に対して、「説明しなくても理解されるはず」という無意識の期待が働くと、それは“無関心な冷たさ”へと変化してしまいます。
● 差別とは意図ではなく「構造」の中に生まれることもある
人種差別、国籍差別、ジェンダー差別――
こうした社会問題はしばしば「悪意ある加害者」がいる構図で語られがちですが、現代の“差別”は必ずしもそうではありません。
制度設計や運用の中に、特定の属性を持つ人が排除されたり不利になる構造が含まれている場合、たとえ運用者に悪意がなくても、それは**“構造的差別”**と呼ばれるのです。
今回のケースも、制度の不備が「国籍に起因する不利益」として作用してしまった点において、無視できない構造的課題があるといえるでしょう。
● 「命の値段」に国籍で差がついていいのか?
最終的に問われているのは、「日本において、緊急医療が“平等”に提供されているか?」という価値観の根幹です。
制度的には“差別ではない”と説明できたとしても、人の命を支える現場において「制度を知らないことが罪」とされる風潮があれば、それは国際社会において倫理的な批判の対象になりかねません。
また、日本が観光立国を目指し、外国人観光客を積極的に受け入れている以上、その体制の一部として「医療への公平なアクセス」を担保する責任もまた、問われるのです。
●補足:海外でも同様の声が上がっている――“高額請求”は日本だけの話ではない
今回の出来事を“日本特有の差別問題”として捉えるだけでは、実態を見誤ってしまうかもしれません。
というのも、**「無保険であることが理由で高額な医療費を請求される」**という構造は、実は多くの国で見られる共通の課題でもあるからです。
たとえばイギリスでは、国民保健サービス(NHS)を利用するために、移民には年間最大£624(約10万円相当)の前払い保険料が課されます。
この支払いをしていない場合、病院は治療費の150%を請求する制度を設けており、十分な説明がなされないまま、患者が困惑するケースも報告されています。
またアメリカでは、カリフォルニア州を中心に無保険患者への過剰請求(price gouging)が深刻化し、2006年には100万人超の患者が約10億ドルの返金や調整を受ける集団訴訟が起こった事例もあります。
つまり今回の日本のケースもまた、「制度の隙間」と「患者の無力感」が交差した結果として、世界中で起きている“構造的トラブル”の一端であるともいえるのです。
この視点に立てば、「説明責任の不在」や「情報格差による不利益」が、どの社会でも“差別”と感じられ得ることが見えてきます。
そして同時に、これは“医療アクセスの公正性”という、より普遍的な課題として捉えるべき問題なのかもしれません。
● まとめ:「制度に守られる人」と「制度の外にいる人」のあいだ
今回のケースが浮き彫りにしたのは、単なる一患者と病院のトラブルではなく、
**制度にアクセスできる人とできない人の“無意識の分断”**でした。
- 医療機関には、透明性と説明責任が必要
- 社会全体には、制度の外にいる人への想像力が必要
- そして、制度そのものには、より“包摂的”であることが求められています
これは特定の国籍の人だけの話ではなく、将来的に日本人が海外で同じ立場になったときにも起こりうることです。
だからこそ私たちは、この出来事を“他人事”としてではなく、
「制度に守られる側の視点」からいったん降りて考えるチャンスとして、捉えてみる必要があるのではないでしょうか。
