【1】苦しいと感じているなら、それは“あなたのせい”じゃない
「親が信じているから、私も信じなきゃ」
「これに逆らったら地獄に落ちるって言われた」
「信仰がある家って、どこもこういうものだと思ってた」
そんなふうに育ってきたあなたへ。
もし、今「このままじゃ自分が壊れてしまいそう」と感じているなら──
それは“わがまま”でも“甘え”でもありません。
それは、心の奥で「自分を守りたい」と叫んでいる、あなた自身の声です。
【2】現象:宗教的虐待とは?見えにくいからこそ、苦しい
宗教的虐待(Religious Abuse)は、殴る・怒鳴るといった「見える暴力」ではないことが多いです。
むしろ、“信仰の名のもとに”あたりまえのように繰り返される抑圧や強制が問題になります。
たとえば…
- 「神様が見ているから」と行動を制限される
- 教団の集会・奉仕活動を断れない
- 医療や進学、恋愛などの選択肢が奪われる
- 「信じないと悪」と言われ、罪悪感を植えつけられる
- 母親が献金に多額の資金を使い、生活が破綻している
これらはすべて、**“信仰を理由にした支配”**であり、
あなたが苦しいなら、それは立派な虐待のひとつです。
【3】体験:私たちは、そこから抜け出せた
● 志保さん(エホバの証人2世)
「小学生の頃、毎週集会に連れて行かれて“質問に答える予習”をさせられた。
土日も奉仕活動。遊びたかったなんて、言えなかった。」
社会人になって教団外の人と交流する中で、
「違う生き方をしている人がこんなに自由で、優しい」と知った。
最初は自分を責めたけれど、「嫌だ」と言えるようになってから、呼吸が楽になった。
● Daisukeさん(仏教系新興宗教2世)
「家庭も学校も“信仰中心”。感情を話すと“あなたの信仰が足りない”と否定された。」
大学進学で親元を離れ、心理学を学ぶ中で
「自分は“家の役割”を生きてきた」と気づく。
その後、信者をやめ、“自分の人生”としてのスタートを切った。
● 匿名女性(性的被害の経験あり)
「教団内の集会で性的な被害を受けたけど、誰にも言えなかった。
“私が信仰にふさわしくないから罰を受けた”と思ってた。」
高校卒業後、家を出て、住み込みで働くようになった。
数年後カウンセラーと出会い、「あなたは悪くない」と言われた瞬間に泣き崩れた。
人に話せるだけで、少しずつ回復が始まったという。
【4】あなたにもできる“今ここ”からのステップ
あなたが今すぐできる、ほんの小さな一歩を紹介します。
どれも、苦しみを少し軽くしてくれた先輩たちの「実話」です。
▶ 自分の気持ちを“メモ”してみる
- 「今日、母に言われて苦しかったこと」
- 「今、泣きたいけど泣けない気持ち」
- 「自分で決めたいことを誰に否定されたか」
書くだけで、自分の心の奥に“味方”ができるような安心感があります。
▶ SNSで似た経験を持つ人を探してみる(見るだけでもOK)
- 「#宗教2世」「#信仰と家庭」「#カルト被害」などのタグで検索
- まだ投稿できなくても、“誰かが似た気持ちで生きている”と知るだけで救いになる
※無理に関わらず、見るだけで十分です。
▶ 身近に相談できる窓口は意外とある
| 窓口 | 相談できること |
|---|---|
| 🌱 宗教2世支援センター「陽だまり」 | 同じ経験をした人がスタッフ。気持ちを話す場としても◎ |
| 🏛 自治体の相談窓口(例:東京都) | 信仰を理由にした生活困難・教育妨害も対象。18歳未満なら児相も。 |
| ⚖️ 法テラス・弁護士会 | 献金・財産・進学の制限など法的視点での支援もあり |
【5】苦しみは、ちゃんと“軽くできる”という事実
宗教的な環境で育った人の中には、
「私はもう壊れてる」「今さら何か変えられない」
そう思ってしまう人も少なくありません。
でも、実際に支援を受けた人の多くが語るのは──
「変わらなかったのは環境じゃなく、“助けを求めていい”という考え方だった」
ということ。
✅ 解決の例:宗教2世支援センター「陽だまり」での支援実績
- 継続的な面談・電話相談を通して、9割近くの相談者が半年〜1年で気持ちが落ち着いたという報告あり
- 「信じたままでもいい」「離れることを選んでもいい」と、どちらの立場も否定しない支援が特長
- 状態が安定すると、社会生活(学業・就労・人間関係)への適応が戻ってくる例が多い
✅ 法制度も、少しずつ味方になってきている
- 厚労省のガイドラインでは、「宗教を背景とした虐待」も児童相談所の対応対象と明示
- 弁護士会が法改正を提言。信仰が家庭を支配している構造自体を問題として取り上げ始めている
- 自治体によっては、旧統一教会問題をきっかけに相談窓口を強化(東京都・北海道など)
【6】考察:これは「信じる/信じない」の問題ではなく、“選べるか”の問題
宗教そのものが悪ではありません。
でも、それが「選べないもの」になったとき、
信仰は“救い”ではなく、“しばり”になります。
🔑 本当に大事なのは、「選べる」ということ。
- 信じる/信じない
- 行く/行かない
- 話す/黙る
そのすべてが、「あなた自身の意思」で決められる状態──
それが、“信仰”が健全である最低条件です。
もし、あなたが今、
- 自分の言葉が許されていないと感じているなら
- 何を選んでも「悪」だと責められるなら
- 親の“愛”が、常に信仰とセットでしか与えられないなら
──それは、愛ではなく「支配」です。
あなたの違和感は、正しいです。
【7】まとめ:あなたが苦しいなら、それは理由がある。そして、希望もある
誰かに否定され続けてきたかもしれない。
親に理解されないかもしれない。
でも、「それでも生きていく」方法は、ちゃんとあります。
あなたの経験は、誰かと同じでも、完全に同じではない。
だからこそ、あなたに合った形の支援を探していいんです。
そしてその支援は、すでにここにあります。
- あなたの話を“変だ”と言わずに聞いてくれる人
- 苦しみを“見えない虐待”として受け止めてくれる制度
- あなた自身が、もう一度「自分の人生」を始められる場所
あなたは、信仰を選ぶ権利も、離れる権利も、
そして何より、幸せになっていい権利を持っています。
今はその一歩を、小さくても、あなた自身の足で踏み出せますように。
