はじめに:よく見る「若手がAIに奪われる」論に違和感を持ったら
AIと仕事の話題でよく見かけるのが、「若手がAIに仕事を奪われる」という言説。
ニュースでも、X(旧Twitter)でも、ビジネス雑誌でも、見ない日はないほどの常連フレーズです。
でもこの言い方、なんとなくモヤっとする人もいるのではないでしょうか?
- 本当に“若手だけ”?
- なぜそこまでこの言い回しが定着した?
- 誰が得をする構図なんだろう?
この記事では、そんな違和感の正体を、事実ベースのデータや構造分析を通じてやさしく解きほぐしていきます。
「若手は大変だよね」と共感しやすい空気感
一見すると「若者の未来を案じる」優しい言葉
この言説は、いかにも若者を気遣っているように聞こえます。
「今の若い人はAIとの競争が激しくて大変だよね」
「技術が育つスピードに、社会制度が追いついていない」
──たしかに、心当たりのある意見です。
読んでいてモヤっとしにくい。むしろ「よく言ってくれた」と思う人も多いかもしれません。
でもそれって、「自分とは別の問題」にしていない?
ところが、その“共感”の構造をじっくり見てみると、こんなズレも見えてきます。
- 若手=外側の存在として語られている
- 読者(=中堅層)は観察者ポジションにいる
- 「自分はまだAIに代替されない側」という前提で読まれている
つまりこれは、「気の毒だよね」という言い方を通して、
“選ばれし側に自分を置き続ける”ための装置として機能している可能性があるのです。
誰が語り、誰が安心しているのか?
壮年層にとっての“耳ざわりのいい構図”
ビジネス系メディアの多くは、40代以上の読者が中心。
その層に向けて、
- 「AIの脅威は若者に集中している」
- 「経験や判断力はまだAIには代替されにくい」
- 「人間にしかできないことがある」
…という語りを届けると、読者にとって心地いい読後感をつくることができます。
つまり「若手が危ない」というフレーズは、
じつは“あなたは大丈夫です”というメッセージの裏返しでもあるのです。
情報ではなく“安心”としての消費
このような言説は、情報としてよりも感情的な防衛装置として読まれている面があります。
- 「自分の経験はまだ社会で必要とされる」
- 「AIにはできない判断が自分にはある」
- 「若手より自分の方が、価値がある」
──このように、AIの進化に不安を抱える層が安心できる物語として機能しているのです。
本当に「若手だけ」なのか?──研究が示す現実
スタンフォード大学の研究:若年層が影響を受けやすい傾向は“ある”
スタンフォード大学とMITの共同研究(2025年)では、以下のような傾向が示されています。
- AIへの露出度が高い職種では、22〜25歳のエントリー層の雇用が約13%減少
- 一方、同じ企業内でも30代以上では顕著な減少は見られない
これは「若手が特に影響を受けやすい」という実証的な裏付けです。
ただし、「若手“だけ”」とは言っていない
この研究でも、「若者がカナリア的な存在(=先に影響が出やすい層)」とはされているものの、
- 中堅以上が無傷とは言っていない
- あくまで“傾向”にすぎず、産業や企業によって違いはある
つまり、一部のデータだけを切り取って「若手だけが危ない」と言い切るのは乱暴なのです。
経験者の方が“再適応しやすい”という制度構造も
Brookings研究:リスキリング制度の限界
米国の政策研究機関 Brookings Institution では、
再訓練政策(リスキリング)に関する以下のような論考を展開しています。
- 再訓練制度は万能ではなく、成功率も限定的
- 経験のある労働者の方が、適応しやすい環境やリソースを持っている
- 若手で制度の外にいる人の方が、リスクを抱えやすい場合も
このように、制度の網が偏っている可能性もまた、問題の構造に含まれています。
なんとなく便利な“若手=犠牲”というフォーマット
「若手がAIに仕事を奪われる」という言い回しは、説明がラクで、伝わりやすくて、誰も傷つけにくい。
しかも──
- 不安を煽りながら、読者を脅かさない
- 誰かの責任を明確にせず、構造の話からも逃げられる
まさに都合のいい構文なのです。
この言い回しがあまりにも流通しているのは、
それが「本当だから」だけでなく、「使いやすいから」でもあるのではないでしょうか。
誰が“使っている”のか?──構図の利活用パターン
1. リスキリング商材・サービスへの導線
「AIで若手が危ない → だからこそ学び直しを」
というストーリーは、教育・研修市場で特によく見られます。
- オンライン学習の広告やセミナー告知
- 「不安からの脱出」を売り文句にした就職支援
- 若年層向けキャリア講座のメッセージ設計
こうした場面で、“脅し”と“希望”のセット販売が成立しやすいのです。
2. 中堅層の承認欲求への補完
一方で、「若手は大変だけど、自分はまだ大丈夫」という前提が保たれることで、
経験者層が自らの価値を再確認するための装置としても機能します。
- 「やっぱり経験って大事なんだな」
- 「人間力や判断力はまだAIには無理だよね」
──こうしたつぶやきは、“論”ではなく“自己確認”として現れます。
「構図に乗ってしまう」ことで見えなくなるもの
同情はしている。でも“自分の話”にはなっていない
- 「若者がかわいそう」
- 「新人が育たなくなってるらしい」
といった語りは、一見やさしくて共感的ですが、
その実、当事者としての目線を手放すことにもつながります。
つまり、「誰かのこと」として語ることで、
自分が変化の中にいることを忘れやすくなるのです。
安心を得る代わりに、変化への感度が下がる
この構図が“耳ざわりがいい”のは、
「自分はまだ選ばれる側だ」と思わせてくれるから。
でも、そうした言葉の使い方に慣れてしまうと、
- 自分のポジションも変わってきていること
- 中堅層・管理職こそAIに置き換えられやすい“間接業務”を担っていること
に気づくのが遅れてしまうかもしれません。
どう向き合えばいい?──“ずらしてみる”問いかけ
その言葉を、自分に向け直してみる
ここまで見てきたように、
「若手だけが奪われる」という言い方には、都合のよさと安心が入り混じった構図があります。
それに気づいた上で、こんな問いを立ててみるのはどうでしょうか?
- 「自分も“奪われる側”かもしれないとしたら?」
- 「この言い方で、“他人事”にしていた部分はなかったか?」
- 「もしこれが“みんなの話”だとしたら、何が変わる?」
そう考えるだけでも、語られ方の罠にハマらずに済むことがあります。
おわりに:耳ざわりの良さを超えて、“構図”をほぐす視点を
「若手だけがAIに仕事を奪われる」──
この言い方が広まっている背景には、
安心したい、傷つきたくない、未来を怖がりたくないという、誰にでもある感情があるのかもしれません。
でも、その言い回しに安心しすぎて、
自分の立ち位置を見失ってしまわないようにするためにも、
ときどきその構図をほぐしてみることが大切です。
あなた自身は、その言葉にどう向き合いますか?
